必ず勝とう!鳥取ループ・示現舎裁判 何が問題なのか

 鳥取ループ・示現舎の行為を訴えた裁判が3月18日に結審しました(1面参照)。判決は9月27日に出されます。
 今号では、この裁判で訴えていること、争点などを改めて振り返ります。

事の始まり、経緯     

 2016年4月に、鳥取ループ・示現舎(ソフト開発などを生業とするMが「鳥取ループ」を名乗り、フリーライターJと共同で「示現舎」という出版社を設立)というグループが「全国部落調査」の復刻版を出版しようとしていた。
 「全国部落調査」とは、中央融和事業協会が1936年に発行したもので、全国の被差別部落の地名や世帯数、人口などがリスト化されている。融和事業(戦前における被差別部落の地位向上、環境改善のための事業)のための調査報告書である。
 この復刻版は、1975年に発覚し問題となった「部落地名総監」(注)と同様のものとも言えるが、これを誰でも購入できる書籍として発刊されることは、極めて悪質な差別である。
 「全国部落調査」復刻版は、ネット通販大手「アマゾン」で2016年2月5日に予約販売が開始された。すぐにその事実が判明し、全国各地で販売阻止の行動が拡がったあと、2月10日にはアマゾンが予約を中止したが、既に50冊程度が予約されていた。
 その後、部落解放同盟中央本部が法務省への申し入れをおこなったほか、抗議声明を発表。3月22日には横浜地裁で復刻版の出版差し止めを求めて第1次仮処分申し立てをおこなった。3月28日に出版禁止の仮処分決定が出されたため、復刻版は紙版では出版されていないが、鳥取ループらはこの情報をネットで公開。ネットへの掲載禁止の差し止め仮処分は4月18日に出されたが、一定期間公開されたためにデータを入手した人は相当数いることが考えられる。実際、入手したデータから製本したものがネットのフリーマーケットサイト「メルカリ」で販売されたという事件も起きている。
  部落の地名の暴露が被差別部落出身者を特定し、差別するために利用されてきたことを考えれば、彼らの「被差別部落の所在地をインターネット上にさらす」という行為が悪質であることは明らかだ。パソコンやスマートフォンが普及し、誰でもアクセス可能なインターネット上でその情報をさらす行為は、被差別部落に「住んでいる」「出身である」ことで差別することを容易にするからだ。部落差別の助長・拡散である。
 彼らがネット上にさらしたものは、元の「全国部落調査」自体の電子データ、彼らが出版しようとした「全国部落調査復刻版」の電子データ、「部落解放同盟関係人物一覧」による名前、住所、電話番号などの個人情報である。「全国部落調査」には原告の名前や住所は載っていないが、「関係人物一覧」によって住所を含む個人情報がさらされたため、掲載された人物が被差別部落出身者であることを暴露されている。
 2016年4月19日、個人情報をネットに晒された248人と部落解放同盟が原告となって、東京地裁に提訴した。
 裁判で訴えていることは、彼らの行為が①プライバシー権を侵害していること、②被差別部落や出身者を社会的に低く評価する考え方が残っていることから、出身者であると暴かれることにより名誉権や差別されない権利などの人格権を侵害していることである。

「ループの居直り

 鳥取ループの差別行為はこれだけではない。彼らはウェブサイトに「部落探訪」を掲載している。これは、全国の被差別部落に潜入して写真や動画を撮影したもので、個人の住宅や商店、隣保館などの写真も暴露している。2015年からこれまでに215件(2021年3月29日時点)、うち兵庫県内は8市10地区が掲載されている。また、彼らはYouTube上で「神奈川県人権啓発センター」というまるで人権啓発の施設であるかのような名前を騙って同様の映像を公開し、被差別部落を晒し続けている。映像は個人宅や地区の様子などを暴露するものであり、「人権啓発」とは全く関係ない。
 また被告らは、原告について「『被差別部落出身者』であると自称」している、「原告部落解放同盟が勝手に部落民や部落差別の概念を捏造し、差別を作り出している」(被告準備書面9)などデマをばらまき、「する側」の問題である差別を「される側」に転嫁している。
 さらには、部落解放同盟関係者(故人)の本籍地に自身の本籍を移したうえで、「自分は部落の地に本籍を移した。だから自分も部落民になれる」といった主張もしている。


裁判の争点     

被告の行為は部落差別の助長や固定化をもたらすものであるが、それについて被告は部落解放同盟が作成した報告書などの資料に部落の地名が掲載されていることを理由に、地名の拡散を正当化している。
 原告がおこなってきたのは「差別をなくすため」のとりくみとしてのカミングアウト(自ら名乗り伝えること)である。結婚や就職、ネット上などで今でも部落差別がある中 で、解放運動に関わる当事者がおこなうカミングアウトは、「差別をなくすためにともに取り組んでほしい」という願いの表明である。しかし、被告の行為は間違いなくアウティング(一方的に暴くこと)であり、カミングアウトの意味を無視している。
 アウティングを規制しなければ、あらゆるマイノリティが社会的な立場を表明して差別に対して声をあげることが難しくなる。
 プライバシー権の侵害については、日本社会においていまだ被差別部落や出身者に対する忌避意識が残存している中で、被差別部落出身者であることはプライバシーに属する情報であり、誰に対しても開示していいものではない。
 これについて法政大学の金子匡良教授は「個人の情報を暴くこと自体が問題であると同時に、それによって何か不利益を受けるかもしれないという不安感や恐れを抱かせることが問題」と指摘し、「こうした恐怖を引き起こす原因となる行為は、すべてプライバシー権の侵害であると考えるべき」(『部落解放778号』2019年9月)としている。
 弁護団の中井雅人弁護士は、昨年7月に開催した決起集会で、「関係人物一覧」掲載サイト「同和地区Wiki」について、「(被告らがサイトの管理者でありその責任を負うことを認定した)2017年7月の横浜地裁相模原支部の決定が重要な意味をもつ」と指摘。そして、「陳述書によって原告を被差別部落出身者と認定し、復刻版の公表が部落差別を形成・助長することも認定した。さらに『他者から不当な差別行為を受けることなく円滑な社会生活を営む権利利益』(差別されない権利)が人格権として保障されると認めた点も法的に重要」と語った。
 法務省の依命通知(2018年12月27日)はネット上の被差別部落の所在地情報の暴露に対処すべく出されたものだが、「学術・研究等の正当な目的」による場合で、かつ人権侵害のおそれがない場合は削除要請の措置を講じることが相当でない場合も例外的にあるとしている。「学術・研究」でないにもかかわらずそれを騙って被差別部落をさらす彼らの行為は悪質であり、許されるものではない。

裁判の意義

部落問題に限らず、在日コリアン、障害者など、マイノリティに関する政策に対して、社会では「利権」「特権」などと事実に基づかない非難、デマがしばしば見受けられる。しかし、政策は人として当たり前の権利を求めた結果であり、「利権」などというデマはマジョリティ側の「差別はすでに存在しない」「ありもしない差別に抗議を続けて不当な特権を得ている」という偏見・差別に他ならない。鳥取ループらの主張もこれにあたる。
 この裁判で万が一敗訴した場合、「アウティングは悪いことではなく、差別ではない」という判例になってしまう。アウティングが人にどのような被害をもたらすかを、裁判所は的確に判断しなければならない。
 原告の一人が陳述書でこのように書いている。
 「被差別部落に対して差別的に対応しようとする人が少なからずいる現在において、その被差別部落の地名を何の制限もなく誰でもが見ることができる状況にすることは、差別を広めること以外の何物でもないと考えます。そのことにより、不安を感じ、自らの生まれ育った故郷を語れない悲しい現実があります」
  誰もが自分の意思で、自分を語る。当たり前のことが当たり前に認められるために、何としてもこの裁判に勝たなければならない。

「部落地名総鑑」とは   

1975年に発覚し大きな問題となった「部落地名総鑑」(部落の所在地を記す図書の総称)は、企業や大学などに広範に販売され、身元調査に利用された。
 身元調査の多くは結婚や就職に際しておこなわれ、部落出身者を差別するために使われた。
 就職の場合は、本籍地や両親の職業・収入といった本人の資質に関係ないことが就職試験で問われるという差別が当たり前におこなわれていた。それをなくすべきだという部落解放同盟を中心とした動きのなかで統一応募用紙ができたのが1973年である。このような部落差別撤廃のとりくみに逆行するかたちで、身元調査のために「部落地名総鑑」が販売されていた。

「インターネット上の同和地区に関する識別情報の摘示事案の立件及び処理について」(依命通知)   

法務省が2018年12月27日付けで、ネット上で被差別部落の所在地情報が垂れ流されていることについて見解を示したもの。個人情報でなければ人権侵犯事件の対象にならないというそれまでの方針を変更し、「部落差別は、その他の属性に基づく差別とは異なり、差別を行うことを目的として政策的・人為的に創出したものであって、本来的にあるべからざる属性に基づく差別」であるとした。そして、「特定の者を同和地区の居住者、出身者等として識別すること自体が、プライバシー、名誉、不当に差別されない法的利益等を侵害するもの」と違法性を示したのだ。
 さらに「部落差別の歴史的本質を踏まえると、同和地区に関する識別情報の摘示は、目的の如何を問わず、それ自体が人権侵害のおそれが高い、すなわち違法性のあるもの」としている。

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